T.ONISHI Maintenant Sur l'Air

Weblog de "The World 21"

1chなんてあったんですね。

http://www.1ch.tv/
 久しぶりにヒマだったのでネット上を徘徊していたら、見つけたのです。今ごろ知ったの?と言う声が聞こえて来そうですが、そうです今ごろ知ったのです。そういう事に全く関心が無いもので、このテのニゥスはニゥスで無くなってから知る奴が小生と言う仕儀であります。

 観てみると、結構長いことやっている様子なのに、見事に盛り下がっているのが哀れです。なんだかんだ言って、2ちゃんねるに対抗して始めてみただけのモノですね。しかも過去には、投稿者のIPから割れた勤務先をちらつかせて、脅迫めいた事を管理者自らがやっていた実績もあるらしい。これなどは、2ちゃんねる管理サイドでさえした事のない、いゃらしい行為ですがw。

 西村ひろゆき氏は「我々は2ちゃんねるの投稿内容に関与するつもりは無い。内容はユーザーが決める事だ」と言っておられるようですが、このテの大衆掲示板運営に於いてのその方針には、小生も頷けます。そして結局、程度の低いユーザーのたまり場となり、時々違法ソフトの配布媒介に利用されたり、犯罪予告にも利用されたり、他人さまの発行しているメルマガから勝手にまるごとコピペで著作権侵害をする者が居たりと、社会的な問題は確かに無しとしませんが、大部分はただの愚痴か、ストレスの哀れな発散場所となっているようです。要するにその程度のモノだと言う事であって、ことさら目を吊り上げて「義憤」とやらにかられ、「反2ちゃんねるキャンペーン」などするほどの相手ではありません。

 処がこの1chと言う板は、基本的に反2板をする事を動機として立ち上げられた様子。大の大人が、志が異様に低い事が笑えます。しかも立ち上げた人の中に著名人(某経営者)が入っているので、余計にその度量とか程度や志の低級さに呆れます(どうやら運営者のひとり某N氏が、前に2板で晒しものにされて攻撃された事が立ち上げた動機なようで、するとただの「私憤」だったわけです)。

 イヤなら利用しなければ良いし、観なければ良いだけなのです。或いは、小生がやったように、最期はご挨拶のアスキーアートで締めくくり、あとは実際、「Adieu!」と言うコトにすれば良いだけです。これでどうやらそのスレは骨抜きになった様子で、そのうちに雲散霧消してしまいました。付記しますと、小生がもう2板を去った理由は、なんにも実行が伴わないひとたちに、おつきあいして行くヒマが無くなったからです。つまり、ヒマ人ならまだ参加していたでしょう。それだけの事です。

 小生はもしかすると一部では、反2ちゃんねるの先鋒のように誤解されているかも知れないのですが、この機会に申し上げておきますと、実は決して「反」などと言う大それた者ではありません。そういう、食って掛かって喧嘩をするほどの「関心」が無いだけの人間です。相手にするほどヒマではありません、ト言うのが正確な処でしょうか。だから、どうでも良い事なのです。なんらかの違法行為が管理サイドにあったのなら、それが原因で法的に閉鎖されてもよし、このまま存続してネット上で匿名投稿をすることでしかウさを晴らせない哀れな人たちの避難所を続けるもよし、もう小生には関係ありません、と言う事でしょうか?

 1chは、「誰もが安心出来る」事と、「情報価値の高いコンテンツの配信」を目指す事、おおまかに言ってこうした事が目的の様子です、そしてこの二つは共に、確かに、「反2板」と言う真の動機にも繋がっています。確かに2板は、誰もが安心出来るものではありませんし、情報価値についても、ほとんどは無価値もしくは取るに足らぬものでもあります。

 「安心」については、サイト開設であれ、既存の板を利用であれ、何らかの形で自分の発言を実行する以上は、自らの身は自分自身で守る事が当たり前です。これは、つまり、ある板を利用するとしても、先方サイトの管理者に依存する事柄では無い、と言う事です。現に、1chに投稿した人のIPから勤務先を割り出し、それを以て脅しをする管理者ですから、この1chでさえ、ある種の人々にとっては安心して利用は出来ません。情報価値についてですが、その面では、たとえば「ウィキペディア」あたりが、既にある程度そうした部分を実現してしまっています(勿論ネット上の事ですから、一定の保留付きです)。コミュニケーションそのものの安心性のあたりも、これもたとえば「ミクシ」などが、やはり一定の条件付きとは言え、既に先行してしまいました。

 結局、2ちゃんねるとそのユーザー(所謂2ちゃんねらー)に対抗し、これに打撃を与える事(少しも打撃になっていないと思われますが)、2板での恨みつらみを愚痴る事、それだけが本質として残った様子でした。ユーザーが愚痴ったり、罵倒を繰り返す点では、本質的に全く2板と変わりは無くなってしまっているわけですね(笑)。

 こうした事を、小生の如き無名のいちユーザーではなくて、れっきとした比較的有名な経営者がやっていると言うのが、呆れる事なのです。それだけの憤怒のパワーと、今までに培って来たキネヅカがあるのなら、それらの能力や才能や人員を、もっと前向きな事に活用なさる事をお薦めいたします。

 久しぶりに、「痛い」と言う言葉を、噛みしめた本日でありました。
  1. 2007/06/16(土) 05:25:36|
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Sweater for Siamese Twins

 yuko shimizu web portfolioから、次の作品(翻訳)。
 
☆☆☆
 
 「シャム双生児のセーター」 
僕たちが小さかったとき、妹と僕は冬が好きでした。
冬ごとに、お母さんが私たちのために新しいセーターを編んでくれたからです。
 
特に人々が僕たちに奇妙な視線を向けた時、
僕たちがほかの人たちと異なる存在だと言うことに気がつきました。
けれども彼らは、
僕たちの境遇がどんなに素敵なことか、理解できるでしょうか。
いつでも抱き合うことができることや、
いっしょにお母さんに抱きしめてもらえることや、
いつも僕たちがいっしょにいられることや。
 
ひとりになる必要なんてないよね?
 
ある冬、お母さんは言いました。
「これがあなたがたふたりに編む最後のセーターよ」
まもなく、病院に連れて行かれました。
 
今まで僕たちはお互いを遠くから見たことがありませんでした。
僕たちが成長するために、
僕たち二人は別々になる必要があったのです。
そう、その日から、僕たちは作りものの二本の腕と、
ふたつの傷跡と、二着のお揃いのセーターを与えられた。
 
それから僕たちが奇異の目で見られることはなくなりました。
でもお母さんを同時にハグすることは難しくなりました。
ある朝、妹は血を流していました。
でも彼女は死んでいませんでした。
 
「心配しなくていいのよ、病気じゃないのよ」と
お母さんは言いました。
その日から、僕たちは別々の部屋で寝ることになりました。
そしてまもなく、僕たちは別々の学校へと旅立ちました。
 
再び冬が来ました…。
クラスメートが僕の噂をしています。
 
彼女たちは僕が両腕で人を抱きしめると言う単純なことすらできないのを知っているでしょうか。
お母さんからの荷物。
僕はただ彼女に会う必要があった。
 
彼女は待っていました。
「私、きっと来てくれるって解ってた」
「おかあさんがセーターを送ってくれたよ」
「それは僕ひとりで着るには大き過ぎるよ」
そう、それは僕たちふたりで着るのに、ちょうど良かったのです。
 
☆☆☆
 
 ふたりで一人だと言う愛情。
 そしてそんな子を持ったお母さんの愛情。
  1. 2006/02/06(月) 01:17:25|
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Twelve is a Beautiful Number

 Yuko ShimizuさんのTwelve is a Beautiful Number
 哀しくも美しい物語。
 以前から好きな作品だった。
 ここに翻訳を掲載致します。
 直訳ふうなのは英語力過小の為とお赦しあれ。

simizu_yuko.jpg


「12は美しい数字」

夏が私を最も泣かせた。

暑い夏の日々の大きいミトン(手袋)。
どうぞ、私を笑って。 けれども私は外さない。
ミトンをはめ始めたその日をはっきりと覚えている。
「10まで数えることを勉強しましょう、指で数えながら」
「1、2、3、4、5」

「6、7、8、9、10」
「11、12」
(私だけ、12まで数えることができた。
皆が振り返って私の指を見た。)
私は幼稚園に行かなくなった。 私は手袋をはめ始めた。
私の指はあの子の尖った耳やあの子の長い首とどう違うの? 
私はおとなしい子供になった。
おとなしくさえしていれば、皆に煩わされることもない。
私は決して手袋を外さなかった。
 
まもなく、自分が大変上手にピアノを弾くことができることを悟った。
私は毎年毎年、昼も夜も、何時間も何時間もピアノを弾いた。
それが手袋を外した唯一の時だった。
音楽学校でトップになるのに私に長くかからなかった。
ある日、私は一人の少年に出会った。 彼は言った。

「僕は君の弾く曲と恋に落ちたよ」
彼は目が見えなかった。彼は私の恋人になった。
彼はバイオリンを誰よりも上手く弾くことができた。
「目が見えないからこそ、見えるものがあるよ」
と彼は言った。
私の指が12本だからこそ、感じることができるものがあるだろうか?
 
拍手の中で、私はふと我に帰った。
私はここでなにをしているのだろう。それは全部、私の指のためだった。
存在しない私のためだった。
(拍手の中、彼は花束をくれた。私は手袋を外し、彼に指を触れさせた。
 彼はなにも言ってはくれなかった。言えなかったのだと思う。
 私の演奏が、才能ゆえではなく、ただ指が2本多いせいだったから。
 私は手袋をするのも忘れて、その場から泣きながら去った)
 
(指を切ってそのお墓をつくった)
 
私はピアノを弾くのをやめた。 彼が訪れても、誰が来ても、私は誰にも会わなくなった。
時は静かに過ぎてゆき、誰もが私のことなど忘れることでしょう。
 
(指を切ったところから木が生えてくる絵)
 
私はピアノに戻ることに決めた。
自分がほかの人より上手いからではなくて、弾くことが好きだから。
その次の108日の間、私はピアノの前にずっと居た。
私はもう手袋をはめない。
どうぞ、私を見て、私はかまわない。
私は彼に会った。
彼に私の指を触れさせる。
 
ただ彼だけが見ることができるものがある。
ただ私だけが感じることができることがある。
そして私たちはさようならを言った。
夏はもう私を泣かせることはない。
夏が私をもう泣かせない。
私はまだ12まで数えることができる。
12、それは美しい数字。
 
☆☆☆
 
 人と異なること。違うこと。
 それは美しいこと。愛すべきこと。
  1. 2006/02/05(日) 01:15:51|
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