http://www.1ch.tv/ 久しぶりにヒマだったのでネット上を徘徊していたら、見つけたのです。今ごろ知ったの?と言う声が聞こえて来そうですが、そうです今ごろ知ったのです。そういう事に全く関心が無いもので、このテのニゥスはニゥスで無くなってから知る奴が小生と言う仕儀であります。
観てみると、結構長いことやっている様子なのに、見事に盛り下がっているのが哀れです。なんだかんだ言って、2ちゃんねるに対抗して始めてみただけのモノですね。しかも過去には、投稿者のIPから割れた勤務先をちらつかせて、脅迫めいた事を管理者自らがやっていた実績もあるらしい。これなどは、2ちゃんねる管理サイドでさえした事のない、いゃらしい行為ですがw。
西村ひろゆき氏は「我々は2ちゃんねるの投稿内容に関与するつもりは無い。内容はユーザーが決める事だ」と言っておられるようですが、このテの大衆掲示板運営に於いてのその方針には、小生も頷けます。そして結局、程度の低いユーザーのたまり場となり、時々違法ソフトの配布媒介に利用されたり、犯罪予告にも利用されたり、他人さまの発行しているメルマガから勝手にまるごとコピペで著作権侵害をする者が居たりと、社会的な問題は確かに無しとしませんが、大部分はただの愚痴か、ストレスの哀れな発散場所となっているようです。要するにその程度のモノだと言う事であって、ことさら目を吊り上げて「義憤」とやらにかられ、「反2ちゃんねるキャンペーン」などするほどの相手ではありません。
処がこの1chと言う板は、基本的に反2板をする事を動機として立ち上げられた様子。大の大人が、志が異様に低い事が笑えます。しかも立ち上げた人の中に著名人(某経営者)が入っているので、余計にその度量とか程度や志の低級さに呆れます(どうやら運営者のひとり某N氏が、前に2板で晒しものにされて攻撃された事が立ち上げた動機なようで、するとただの「私憤」だったわけです)。
イヤなら利用しなければ良いし、観なければ良いだけなのです。或いは、小生がやったように、最期はご挨拶のアスキーアートで締めくくり、あとは実際、「Adieu!」と言うコトにすれば良いだけです。これでどうやらそのスレは骨抜きになった様子で、そのうちに雲散霧消してしまいました。付記しますと、小生がもう2板を去った理由は、なんにも実行が伴わないひとたちに、おつきあいして行くヒマが無くなったからです。つまり、ヒマ人ならまだ参加していたでしょう。それだけの事です。
小生はもしかすると一部では、反2ちゃんねるの先鋒のように誤解されているかも知れないのですが、この機会に申し上げておきますと、実は決して「反」などと言う大それた者ではありません。そういう、食って掛かって喧嘩をするほどの「関心」が無いだけの人間です。相手にするほどヒマではありません、ト言うのが正確な処でしょうか。だから、どうでも良い事なのです。なんらかの違法行為が管理サイドにあったのなら、それが原因で法的に閉鎖されてもよし、このまま存続してネット上で匿名投稿をすることでしかウさを晴らせない哀れな人たちの避難所を続けるもよし、もう小生には関係ありません、と言う事でしょうか?
1chは、「誰もが安心出来る」事と、「情報価値の高いコンテンツの配信」を目指す事、おおまかに言ってこうした事が目的の様子です、そしてこの二つは共に、確かに、「反2板」と言う真の動機にも繋がっています。確かに2板は、誰もが安心出来るものではありませんし、情報価値についても、ほとんどは無価値もしくは取るに足らぬものでもあります。
「安心」については、サイト開設であれ、既存の板を利用であれ、何らかの形で自分の発言を実行する以上は、自らの身は自分自身で守る事が当たり前です。これは、つまり、ある板を利用するとしても、先方サイトの管理者に依存する事柄では無い、と言う事です。現に、1chに投稿した人のIPから勤務先を割り出し、それを以て脅しをする管理者ですから、この1chでさえ、ある種の人々にとっては安心して利用は出来ません。情報価値についてですが、その面では、たとえば「ウィキペディア」あたりが、既にある程度そうした部分を実現してしまっています(勿論ネット上の事ですから、一定の保留付きです)。コミュニケーションそのものの安心性のあたりも、これもたとえば「ミクシ」などが、やはり一定の条件付きとは言え、既に先行してしまいました。
結局、2ちゃんねるとそのユーザー(所謂2ちゃんねらー)に対抗し、これに打撃を与える事(少しも打撃になっていないと思われますが)、2板での恨みつらみを愚痴る事、それだけが本質として残った様子でした。ユーザーが愚痴ったり、罵倒を繰り返す点では、本質的に全く2板と変わりは無くなってしまっているわけですね(笑)。
こうした事を、小生の如き無名のいちユーザーではなくて、れっきとした比較的有名な経営者がやっていると言うのが、呆れる事なのです。それだけの憤怒のパワーと、今までに培って来たキネヅカがあるのなら、それらの能力や才能や人員を、もっと前向きな事に活用なさる事をお薦めいたします。
久しぶりに、「痛い」と言う言葉を、噛みしめた本日でありました。
- 2007/06/16(土) 05:25:36|
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