発言其の壱「高校生を狭山事件の調査に連れてくるのは良くない」
発言其の弐「案内をしないのは無責任」
発言其の参「サイトのプロフィールが嘘っぽく見える、引いてしまう」
解説;
壱につき=私は良いと思います。むしろおおいに連れて来るべきでしょう。高校生に限らず大人でも、とにかく「一人でも多く!」が私のモットーです。世の中に差別があること、また差別に基づく冤罪事件があることを、何も知らない多くの人(子供含む)に伝えて行くことは、大切なことです。が仮に、そのことを良くないと思ったとしても、それを連れて来た主催者の方に言うのは無礼でしょう。
弐につき=案内をしないのではありません。私の発言などは最低限にして、来てくれた人に、出来る限り先入観なく各自でご判断頂くことを考えております。それが調査(見分)に於ける、私の、姿勢であるのです。無責任でもありません。サイトには略式ではありますが連絡先、そして各所で実名を公開しております。何かあった時の責任の所在を明確にするためです。
参につき=そのように思われるのは各自の自由です。嘘だと思われるならそう思っていていただいて結構、引かれるのならどうぞお引き取りください。中には惹かれる方も、ござっしゃるやも知れませぬよ(笑)。プロフィールに限りませんが、記事、或いは表現を発表した段階で、さまざまな誤解や批判を受けることは、発言者、表現者として覚悟の上です。一度発表したものを訂正する時もありますが、そのようないちいちの低次元のご批評は承りませんので悪しからず。嘘とは、むしろ逆なのです。私は、自分に嘘をついて取り繕ってまで、調査の人集めをしたくはありません。そうしてこのことは前述の「一人でも多く」と言うことと、別に矛盾はしません。
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思ったことを何でも口に出して言うのは、精神衛生上良いことではありますが、それを受け取った相手によっては、逆の効果ももたらすものです。常識との兼ね合いでもあるでしょう。もっとも、「他人の常識は自分の非常識」とも言えますが、そう、そのように、価値観は人それぞれだからこそ、そこに気遣いと言うものも必要となって来るのでもあります。もとよりケースバイケースではありますが。
- 2007/09/16(日) 05:41:27|
- 雑多感想文
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